今年の9月、大学生6人とスタッフ1人でバングラデシュを訪問しました。子どもたちと濃密な12日間を過ごし、それぞれに感じるものがありました。3回に分けて参加者の感想を掲載していきますので、ご一読くださいませ。

S.Tさん
  バングラデシュで一番感じたことは、現地の活力と生き様だった。それぞれの人と人との繋がりや思い入れが強いことが、はたから見てもすぐ分かるほど、伝わってきた。これは、ESAが何十年もかけてバングラとの間で築き上げてきたものがあり、私たちが厚い歓迎を受けさせてもらったから、感じられたのかもしれない。ここまて築き上げてくださった全ての方々に感謝しかない。でも、現地の子も、初めは警戒していたのか真顔だった子達が、一度仲良くなるととても人懐っこく、遊んでとねだってきたり、ずっと手を握って離さなかったりした。その握り方が結構強くて痛いほどだったが、そこから人と人の繋がりの大事さを教えてもらった気がした。
  茶農園の状況は日本にいる時から聞いており、着いてからも神父さんから詳しく聞いていた。けれど、実際に足を踏み入れてみると、景色が本当にきれいだった。透き通っている透明感があった。ここで、お母さん達が過酷な条件下で働いていることは頭では分かっていたが、奥の奥の奥まで茶畑が続いており、なぜか空も雲もきれいで、絵だった。毎日移動する車の中から見える景色も、緑と茶色と青との濃淡で、景色に感動した。社会の授業とかで学んできた豊かな自然とはこういうものか、とようやく分かった気がした。ものすごい異臭が車の中に入ってきた。道路の脇で男性たちが何かを燃やしていた。その横に子供が座っていた。コンクリートを作っていた。ペットボトルを何百個も潰すような音を立てながら、自分の乗っている車がその上を走っている。その隙間をお母さん達が大きな大きな茶葉の袋を頭に乗せて歩いていた。茶農園で一人のお母さんが、辛そうな顔をして片手で頭の荷物、片手でお腹を抑えながら歩いてきた。そこにいた神父さんに、必死で何かを伝えていた。それを見ただけで神父さんの訳なくても、病院に行きたいが、仕事を休むと給料が出ずその日は何も食べれない、という状況が分かった。お母さん達は農園主から管理されている側で、その仕組みを持ち込んだ先進国がある、という歴史を痛感させられた。
  帰って日本を歩いていると、無機質で生きているものが無さげなのに、物が溢れかえっている。情報量が多すぎて、裏で何かに踊らされているかもしれない、それも分からない、全ての情報を精査できないまま受け取っている、という感覚に陥った。こんな中で暮らしていたんだなと思った。バングラの緑の中にいると、産業革命の前は世界はこんな感じで、人はこう生きていたのかもしれない、と感じさせてくれた。果たして、外国からたくさんの技術と知識を導入して、他の国と同じように発展していくことが、バングラの人にとって本当に良いことなのか。それは必然的に、この景色を壊すことなる。それを本当に望んでいるのだろうか。
  そんな疑問を持ちつつも、学校で子供達と目一杯遊んで、一緒にプログラムをやり、本当にいっぱいふれあった。それでも、やっぱりまだ自分は、このアトラクションのようにガタガタ揺れながらも安全な車の中から、バングラの人たちをバングラの地を見ている感じがしていた。まだまだだ。私はいつまでこのESAの活動に関われるかは分からない。日本で活動する人もバングラで活動する人もだんだん変わっていく。だからこそ、後世にでもきちんと動く仕組みを、向こうに作って残したい。こう強く思った。それが何になるかは分からない。でも、向こうの人たちは本当に何を望んでいるのか、何が本当にその人達の幸せにつながるのか、問い続けて、その仕組みを作りたい。
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A.Tさん
  カリタスのことが現地に届いていると感じられたことが嬉しかったです。
  ムングラ小学校では、カリタスから送ったメッセージカードが飾ってありました。また、リポン神父様からもカリタスについて話をしていただけました。ESAの活動あってのことですが、私が小学生のころからやってきたことが現地に届いていることに嬉しく思いました。
  ムングラ小学校とボトムリーホームで3日滞在出来たことは私にとっていい経験になりました。3日いたことで子供たちと仲良くなることができただけでなく、時間があったからこそ見ることができたことがあったと思っています。例えば、給食の食べ方です。私の勝手なイメージでは、みんなが卵を食べられることが嬉しく、残さず食べると思っていました。ですが、私たちと同じように好き嫌いがあり卵を残す子供や最初からいらないと言う子供がいました。せっかく栄養のためにESAが出しているので食べてほしいと思いましたが、私も好き嫌いをしてしまうのでなにも言えませんでした。でも、キチュリを「モジャ!」と言いながら食べている様子はみんな嬉しそうでした。
  今回のツアーを通して感じたことは、言語の大切さです。今までの旅行でも感じたことですが、現地の言語を喋れるかどうかで仲良くなれる具合がかなり変わると感じました。特に、きちんと話ができるようになる高学年はたくさん話をしてくれようとしますが、私が理解できないために会話を諦めてしまっているように感じました。一方で、低学年は一緒に遊ぶだけでかなり心を開いてくれているように感じました1番、ベンガル語が話せたら…と感じた場面は、一緒にスポーツをしていた時です。今回テニスボールとラケットがあったので教えていたのですが、うまく伝わらず、きちんとしたラケットの振り方を教えてあげることができませんでした。たのしくスポーツを擦りうだけでもいいのですが、バトミントンとの違いくらいは教えてあげたかったです。言葉では通じませんでしたが、一緒にいたり、遊んだことで心の部分では交流できたと思っています。また行く機会があれば彼らの成長が見られることを楽しみにしています。
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